大分の文化

文化で綴る大分の風景⑰「漢詩で温(たず)ねる先達の想い1」

2014年01月07日(火)
(2363回)

年始の合間に大分の先達の史跡のある大分市鶴崎に出かけてみました。
鶴崎では江戸時代に脇蘭室が塾を、また毛利空桑も私塾「知来館(ちらいかん)」を
開いています。


夜歸(かえ)る
 
江海の 凄風(せいふう) 新雁飛び
蒹葭(けんか)の白露 衣(い)を沾(うる)ほさんと欲す
更(こう)は深し 漁艇篝影(こうえい)無く
十里の長堤 月を歩んで歸る
 
                脇 蘭室

 

大分市高田から鶴崎の自宅まで大野川の堤防を月光を踏んで帰る。
 
江海・・・大河と海
凄風・・・強くすさまじい風 
新雁・・・秋に飛来する渡り鳥
蒹葭・・・オギとアシ。共に水辺に生える草。
篝・・・かがり火

 
脇蘭室
江戸時代末期に活躍した速見郡日出町豊岡出身の儒学者。 
熊本藩の藩校時習館で朱子学を学び、国東市の三浦梅園などの元で学業を修めた。
1789年日出町で私塾菊園を開く。帆足万里が塾に入門している。熊本藩の藩校時習館の教授となる。
後に熊本藩の飛び地であった大分市鶴崎で塾を開き、熊本藩士子弟の教育にあたった。塾の高弟に毛利空桑がいる。
大分市鶴崎寺司浜には、帆足萬里の書で「文教脇先生墓」と刻まれた墓があり、大分県の史跡に指定されている。 

垂釣和韻
 
両岸の桃花 各自(おのずか)ら開き
青山水を夾(はさ)んで 水えい洄(かい)す
夷(たいら)を択(えら)んで 徐(おもむろ)に歩く巌間の路
厚さを占いて 閑(しずか)に随(したご)う石上の苔
魚は吟詩の為に 沈んで乍出で
鶯は酒を勧(すす)むるが如く 去って復(また)来る
三春の楽事 唯釣を垂る
却って笑う傍人 籠を満たして回(かえ)るを

 
               毛利 空桑
 
垂釣・・・魚釣りをすること
えい洄・・・水のめぐり流れるかたち 
夷・・・平坦で変化のない様
三春・・・初春、仲春、晩春

 
毛利空桑
江戸時代末期から明治時代初期にかけて活躍した大分市鶴崎出身の儒学者、教育家、尊皇論者。
脇蘭室、帆足万里のもとで儒学を学ぶ。
後に熊本藩の藩校時習館などで学び、鶴崎に県史跡にもなっている自宅(天勝堂)と塾(知来館)を建てる。
約1000人もの門下生が全国から集まった。
由布院温泉の金鱗湖は、水から跳ねる魚の鱗が夕日に照らされて金色に輝くのを見て、空桑が名付けたものと伝えられている。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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