大分の文化

文化で綴る大分の風景⑲「国東のみち2」

2014年03月05日(水)
(2198回)

国東は、大分県の北東部に位置し、標高721メートルの両子山を中心に峰々がそびえ、半島全体が円に近い地形となっています。
豊後風土記では、国東の名は、景行天皇が海路で巡幸し、この地にさしかかった時に「彼(そ)の見ゆるは、若(けだ)し、
国の埼(さき)ならむ」と言ったことに因んで付けられたとされています。
奈良時代から平安時代にかけて、仏教と山岳信仰に八幡信仰を取り入れた神仏習合の「六郷満山仏教文化」が形成され、
険しい山道を歩く「峰入り」と呼ばれる難行が行われるようになりました。
伝説によれば、仁聞(にんもん)菩薩が、718年頃に、国東半島の各地に28の寺院を開創し、6万9千体の仏像を造ったと
いわれています。
国の重要無形民俗文化財に指定されている修正鬼会(しゅじょうおにえ)は、旧正月に六郷満山の寺院で行われていた火祭りのことで、登場する鬼は、祖先が姿を変えたものとされています。

水垢離(ごり)の 臍(ほぞ)に天地の 水やわし
                                 河野輝暉
 
修正鬼会は六郷満山の開祖と伝えられる仁聞菩薩が、五穀豊穣・無病息災の願いをかけて大法要を行ったのが始まり。
「水垢離」は神仏に祈るとき、水を浴びて身を清めること。「臍」はへそのこと。

 河野輝暉
昭和10年国東市生まれ。「石」「俳句人」所属。

 
成仏寺
国東市国東町成仏にある天台宗の寺院。
修正鬼会が、岩戸寺と1年ごとに交互に催される(偶数年が成仏寺)。


国東や 枯れていづくも 仏みち
                   能村登四郎

 
「仏千人神千人」「仏作って魂いれず」「知らぬが仏」。
仏についてはいろんな諺がある。
だが、国東が仏の里であることは噂以上の真実。「いづくも仏のみち」は万感の思い。
 
能村登四郎
明治44年東京生まれ。「沖」創刊主宰。

山伏に なりたく春の 山めぐる
                    久保青山

 
一日生きることは一歩進むことでありたい。
今日の自分は昨日の自分に打ち勝ちたいもの・・・。
山伏になりたければ、自分の足で歩く外はない。修験道は実践のみ。
 
久保青山
大正4年宇佐市生まれ。「蕗」所属。
 
両子寺
国東市安岐町の両子山中腹にある天台宗の寺院。
六郷満山の中山本寺で、修行の中心地として栄えた。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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