大分の文化

文化で綴る大分の風景㉘「菊の節句の竹田路」

2016年09月14日(水)
(180回)

旧暦の9月9日は菊が咲く頃なので「菊の節句」とよばれていました。昔は菊の花びらを酒の杯に浮かべて飲み交わしたそうです。
 
草の戸や 日暮れてくれし 菊の酒
               松尾 芭蕉


そんな長月の日に竹田を訪れました。竹田市役所から稲葉川沿いに市内へ向かうと切りたった崖を背に英雄寺があります。岡藩主二代の中川久盛公が祖父佐久間玄蕃の菩提を弔うため、1644年に建立したのが英雄寺。毎年4月20日には、ぼたん祭りが催され朝鮮ボタンが咲き誇ります。ボタンは、初代藩主中川秀成公が朝鮮出兵の際持ち帰ったとされています。

朝鮮の牡丹と伝え 英雄寺
          篠原 樹風

 

朝鮮半島から持ち帰ったというボタンが境内に咲き乱れる。毎年、花供養のあと参拝客の不老長寿を願って、「ボタン酒」が振る舞われる。
 
篠原 樹風
大正9年東京生まれ。「由布」創刊主宰。

英雄寺から市内を通り抜け、岡城址へ。
 
枯れ草の名残の色を とどめけり
            荒巻 大愚

 
竹田の岡城址。「秋陣営の霜の色 鳴き行く雁の数見せて・・・昔の光り今いづこ」は瀧廉太郎作曲の「荒城の月」の第二章。「枯れ草の名残の色」と、まさに趣を同じくす。
 
荒巻 大愚
大正3年豊後大野市三重町生まれ。「蕗」所属。

岡城址から曲がりくねった細道を下り、魚住の滝(竹田ダム魚住堰堤)へ。
 
滝けむり 上がれる方に歩きけり
             山田 粗峯
 

故里の滝を称えながら、一歩一歩の歩をすすめる。激しく上がる滝飛沫があたりの景を引き立てる。昭和6年、「日本新名勝俳句」で金杯を受賞。
 
山田 粗峯
明治25年竹田市生まれ。「ホトトギス」、「冬野」、「蕗」所属

 【筆者紹介】

  甲斐賢二(かいけんじ) 

竹田市久住町出身
2012年3月まで大分県職員
大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。

 
 

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