大分の文化

文化で綴る大分の風景②「漂泊の俳人」

2012年04月18日(水)
(5447回)



漂泊の俳人種田山頭火は昭和5年11月4日に日豊本線佐伯市宇目町の重岡駅に
降り立ち、そこから三国峠を越えて豊後大野市三重町まで歩いてきました。

行乞記には「どちらを見ても山ばかり、紅葉にはまだ早いけれど、どこからともなく
聞えてくる水の音、小鳥の声、木の葉のそよぎ、路傍の雑草、無縁墓、吹く風も
快かつた」
と記されています。



「日が落ちかかるその山は祖母山」

と詠ったように三重町に着いたときは日も暮れかかっていたようです。
途中蓮城寺(内山観音)や年神社に立ち寄っています。
 
「秋の山路のおへんろさん夫婦づれ」
「暮れてなほ耕す人の影の濃く」



旅の疲れを癒すために湯屋に行き、噴井の水を飲み、その噴井は今も三重町市場泉町に
あり「山頭火の名水」としてこんこんと湧き出ています。

「今日はまた湯屋で、ほんたうの一番風呂だつた、湯加減もよかつたので、たつたひとり、のびのびと手足を伸ばした気持は何ともいへなかつた、殊にそこの噴井の水はうまかつた、腹いつぱい飲んだことである。アルコールのおかげで、ぐつすり寝た、お天気もよい
らしい、いい気分である、人生の最大幸福はよき食慾とよき睡眠だ」
と。

蓮城寺では地元の俳人なども詠っています。

 
「千体の薬師如来も花の中」  岡本求仁丸

 
炭焼小五郎(真名野長者)の伝説をもつ蓮城寺。本尊の千手観音はことに有名。
また千体の薬師如来像も人の心を惹きつけます。春もたけなわ、仏も人もみな爛漫の花の中。
 
岡本求仁丸
大正9年福岡県合河村生まれ。「蕗」所属。


 
「薄紅葉風受け流す般若姫」  足立雅泉
 
炭焼小五郎(真名野長者)と玉津姫(奈良の都の久我大臣の娘)との間に生まれた天女のような娘。
成長して般若姫と呼ばれ、その美貌は、日本はおろか唐土まで伝えられました。
 
足立雅泉
大正15年豊後大野市三重町生まれ。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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