大分の文化

文化で綴る大分の風景⑤「漂泊の俳人2」

2012年10月02日(火)
(4371回)

7月の北部九州の水害対応等で土日なしの慌ただしい日々が続き、ふと気づけばもう秋の気配が。
紺碧の空高く、夜には中秋の名月。秋が訪れるといつもこの誌を思い浮かべます。
 
 
         月みれば ちぢにものこそ 悲しけれ
                      わが身一つの 秋にはあらねど
 
                                            大江千里『古今集』


季節は巡り哀愁漂う日に豊後高田市に出かけてみました。
豊後高田市内の若宮八幡社から桂川沿いに歩いていくと句碑公園に出ます。
そこには種田山頭火の句碑があります。
 
投げられし此一戔 春寒し
 
種田山頭火は昭和4年、日田市を出発し英彦山、中津市、宇佐市を経て豊後高田に入っています。
この句は瓦屋呉服店の前で詠ったものです。
種田山頭火は豊後高田市内を出て天念寺、椿堂、両子寺などに立ち寄っています。



句碑公園は桂川ふれあいランド整備事業の一環として文化協会の協力を得て平成2年に完成しています。
 
豊後高田市は安土桃山時代から江戸時代前期に築かれた城下町に端を発しています。
江戸時代、島原藩の飛び地となって、年貢米を積み出す港町としても栄えました。
明治以降も国東半島一の賑やかな商店街として繁栄しました。
その賑わいを蘇らそうとしたのが昭和の町づくりです。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

facebookコメント
一覧に戻る