大分の文化

文化で綴る大分の風景⑦「この道はいつか来た道・日田路」

2012年11月06日(火)
(3953回)

この道はいつか来た道、秋桜の咲いている道
あの森はいつか見た森、杉並木の漏れ日さす道
あの雲もいつか眺めた雲、思い出浮ぶ過去の道
私の夢はいつか抱いた夢、セピア色に色あせた道
手を伸ばしても夢に届くことかなわない哀愁の道
 
北原白秋的な出だしになりましたが、日田路は若かりし頃幾度となく仕事で通った路でもあります。
 
九重町の国道210号線を玖珠方面に向い、途中で右折して松木川沿いに登っていくと竜門の滝があります。


竜門の滝は幅40m、落差20mの滝。
鎌倉時代に中国の宋から蘭渓道隆禅師が当地を訪れ、滝の形容が中国河南府の竜門の滝に
似ていることから名付けたと言われています。
 
          唐移す 滝の気色や寒のうち      長野馬貞
 
長野馬貞は1671年生まれ。
九重町出身の医者で俳人。
松尾芭蕉の高弟志太野坡(しだやば)に師事し、全国各地を吟行。
詩集「七異跡(なないせき)集」

滝は夏の風物詩、それを寒中に滝見を楽しむ風流。
軽みを求めた芭蕉の晩年の弟子の面目躍如。



竜門の滝を後にし、玖珠町の伐株山の麓に1人佇み伐株山を仰ぎ見る。

          ハンググライダー 色なき風を操れり     江渕渓亭

万年山の北に延びた支峰の先端にある伐株山。
卓状台地の頂上から玖珠盆地が一望できる。
最近はその地の利を生かして、ハンググライダーが盛んに飛ぶ。
中世の山城の跡である。

 江渕渓亭は昭和7年山口県下関生まれ。
「銀河」所属。



伐株山を後にして日田市天瀬町の高塚地蔵に。
 
          籠堂いま灯を入るる 霧の中            平松鷹史
 
高塚愛宕地蔵尊は神仏習合の珍しい形式を残す地蔵尊。
大祭は春三月、秋九月の二十四日。
また毎月四日、十四日、二十四日の例祭もにぎわう。
霧の中は人の世を具現。
 
平松鷹史は昭和2年大分市生まれ。
「ペン工房」主宰。著書「母の時計」「行きずりの酒」など。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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