大分の文化

文化で綴る大分の風景⑨「大分の万葉集の路1」

2013年01月29日(火)
(4262回)

万葉集には大分の歌と思われるものが6首あります。
そのうちの歌われた3首の地を訪ねてみました。

大分高速道路の湯布院インター近くに歌碑があります。
そこからやまなみ道路を登っていくと「蛇越展望所」があり由布岳が一望できます。
竹田市久住町の都野山村広場にも歌碑があり、その向こうに久住山、大船山、黒岳が
望めます。

○ 由布の歌
 
をとめらが 放(はなり)の髪を 木綿(ゆふ)の山 雲なたなびき家の 當(あたり)見む
 
  「少女がおさげの髪を結い、その名前と同じ木綿(ゆふ)の山に雲がたなびく
    家のあるあたりを見よう(旅立つ際に見納めになる)」


 
思ひ出づる時はすべなみ 豊国(とよくに) の 木綿山雪の消ぬべく念(おも)ほゆ
 
   「あのひとを思ひ出す時はどうしようも無くて(悲しくて)、豊国の木綿山の
     雪のように、(命が)消えてしまう程に思はれます」


 
木綿(ゆふ)とは楮(こうぞ)のことで、由布岳山麓には楮の木が多く自生し、その皮を布や和紙にしていたため、
由布の由来となっています。


○ 久住の歌
 
 朽網(くたみ)山 夕居る(ゆういる)雲の薄れ往かば 
吾(われ)は恋ひなむ君が目を 欲(ほ)り
 
 「朽網山(久住山)に夕方かかっている雲が薄れて行ったら、私は恋しく思う事
  でしょう、あなたの顔が見たくて」


 
古代、唐、新羅の侵攻を恐れて朝廷は東国(東北地方を中心にした)の兵(防人)を
北部九州に派遣・配備し有事に備えました。
久住の地は、古代豊後国直入郡から朽網山(久住・大船・黒岳)を経て大宰府に通じる主要な交通路がありました。

任期を終えて役人や防人が朝廷や東国に帰るときに歌ったと思われるのもあります。
また去っていく人を恋しく思う現地の娘の歌もあります。
全て読み人知らずです。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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